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大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)7204号 判決

原告

石野伸子

ほか三名

被告

かねまた運送株式会社

主文

一、被告は、

原告石野伸子に対し金二四三万〇、〇二四円とこれに対する昭和四三年八月三日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を、

原告石野陽子、同敦子、同まゆみに対しそれぞれ金一三二万〇、〇一四円とこれに対する昭和四三年八月三日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を

支払うこと。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを五分し、その二を原告らの、その余を被告の各負担とする。

四、この判決の一項は仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

(原告ら)

「被告は、原告石野伸子に対し金三五〇万円、同石野陽子、同石野敦子、同石野まゆみに対しそれぞれ金二〇〇万円と、右各金員に対する昭和四三年八月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うこと。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決ならびに仮執行の宣言。

(被告)

「原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。」

との判決。

第二、原告らの請求原因

一、死亡、物損交通事故の発生

とき 昭和四三年八月二日午後六時ごろ

ところ 京都市南区吉祥院池田南町一番地先路上(信号機の設置されていない交差点)

事故車 普通貨物自動車(大阪一か九一一二号)

右運転者 訴外鹿野隆(進行方向東から西)。

被害者 亡石野良三(当時三五才)。

事故態様 衝突してはねとばす。

その内容 亡良三が単車を運転して右交差点を南進していたところ、折から西進して右交差点に進入した事故車に衝突され、はねとばされた。

受傷内容 頭部外傷四型、頭蓋骨骨折、左外傷性気胸、骨盤骨折、左下腿開放性骨折、左胸部左膝窩部挫創の重傷を負け事故の二時間後、病院にて死亡。

権利承継 亡良三に対し、原告伸子は妻、同陽子(昭和三三年一二月生)、同敦子(昭和三五年一二月二四日生)、同まゆみ(昭和三七年五月九日生)はいずれも子。従つて、その相続分は、原告伸子が三分の一、その余の原告らがいずれも九分の二。

二、帰責事由

根拠 運行者の責任(人損)

使用者の不法行為責任(物損)

該当事実 被告は事故車を所有し、これを自己の業務の用に供していたものであり、本件事故は被告の従業員たる訴外鹿野隆が、前側方注視義務ならびに交差点での先入車(亡良三運転の単車)を優先させるべき義務を怠つた過失により生じさせたものである。

三、損害

(一)  亡良三の得べかりし利益の喪失 一、〇〇八万二、六四〇円

右算定の根拠として特記すべきものは左のとおり。

職業 大工

月収 七万円以上

生活費 二万円以下(一カ月)

就労可能年数 二七年

算式 五×一二×一六・八〇四四=一〇、〇八二、六四〇(円)

(二)  葬式費用 一一万一、九二二円

右は原告伸子の負担した遺体運搬費(京都市所在第二大羽病院から自宅まで)を含む葬式費用。

(三)  車輛損害 三万七、四五五円

右算定の根拠は左のとおり。

本件事故により全損となつた亡良三運転の第一種原動機付自転車は、昭和四三年二月一六日同人が自車として金五万五、〇〇〇円で訴外中西作二(自転車販売業)から購入したものである。

(四)  慰藉料

原告伸子 一六〇万円

同陽子 八〇万円

同敦子 八〇万円

同まゆみ 八〇万円

右算出の根拠として特記すべきものは左のとおり。

原告らは、本件事故により、最愛の夫であり父である良三を奪われた。原告伸子はこれから先、未だ幼児であるその余の原告らを女手一つで養育して行かなければならず、又、伸子を除くその余の原告らは、生涯実父の愛情にひたることを得なくなつた。その各精神的苦痛は、まことに甚大なものがあるといわなければならない。

(五)  弁護士費用 九〇万円

着手金 二〇万円

報酬 七〇万円(取得費の一〇パーセント)

なお、原告らは各相続分の割合に応じてこれを負担。

四、各原告の債権額

原告らは、先になした相続分の割合に応じて、亡良三の財産上の損害賠償請求権たる前段(一)(三)記載の金額を相続した。よつて、原告らの個有の債権額にこれを加算すると左のとおりとなる。

原告伸子 合計五三八万五、二八七円

亡良三の逸失利益の相続 三三六万〇、八八〇円

葬式費用 一一万一、九二二円

慰藉料 一六〇万円

物損の相続 一万二、四八五円

弁護士費用 三〇万円

その余の各原告(各自) 合計三二四万八、九〇九円

亡良三の逸失利益の相続 二二四万〇、五八六円

慰藉料 八〇万円

物損の相続 八、三二三円

弁護士費用 二〇万円

五、損害のてん補

原告らは、右損害のうち自動車損害賠償保険金として金三〇〇万円の支払いを受けたので、これを先ず右葬式費用に充当し、残金のうち金九六万二、六九六円を原告伸子の相続した逸失利益に、うち金六四万一、七九四円をその余の原告につきそれぞれ相続した逸失利益の内金に各充当した。

六、本訴請求

よつて、原告伸子は金四四二万二、五九一円、その余の原告らはそれぞれ金二六〇万七、一一五円の損害をこうむつているところ、その内金請求として、被告に対し請求の趣旨記載の金額につき支払いを求める。

第三、被告の答弁

一、請求原因一(死亡、物損交通事故の発生)の事実中、事故態様の内容の点は争い、受傷内容のうち受傷後二時間にして死亡した点を除くその余、ならびに権利承継の点はいずれも不知、その余の事実は認める。

二、同二(帰責事由)の事実中、事故車の保有関係、本件事故が、被告の従業員たる鹿野隆の業務中に発生したことは認めるが、その余は争う。

三、同三(損害)の事実はすべて争う。

(一)  亡良三の得べかりし利益の喪失について

仮りに、原告ら主張の如く、亡良三が大工職人として月収七万円を得ていたものであるとしても、単車の減価償却費(一カ月二、九二〇円相当と思われる)、ガソリン代(一カ月一、〇〇〇円相当と思われる)、軽自動車税(地方税法四四四条により一カ月四〇円)、強制保険料(一カ月三〇〇円)、工具補充費(一カ月三、〇〇〇円相当と思われる)、交際費、雑費(一カ月三、〇〇〇円相当と思われる)等合計一カ月一万〇、二六〇円の職業上の経費を右月収額から控除すべきである。

又、右以外の通常の生活費についても、月額三万円を下らないものというべきである。

そうすると、亡良三の月当り純収入は、三万円程度のものであつた筈であり、原告ら主張の金額は相当でない。

(二)  慰藉料について

現今の交通事故賠償訴訟における慰藉料定額化の取扱い、就中死亡者一人当り三〇〇万円とする実践事例に照らして、原告ら主張の金額は過大である。

(三)  弁護士費用について

被告は、本訴提起前原告らに対し、強制保険金のほかに二五〇万円を支払う旨提示し、誠意をもつて示談交渉を進めたが、原告らにおいて、これに応ぜず、強制保険金のほかに七〇〇万円程度の支払を求めて譲らなかつたため、本訴係属に至つたものである。

つまり、被告は、本件事案に即した妥当な金額(後記過失相殺の点を考慮のうえ)を越える原告らの請求を拒んでいたものであり、これには、正当な理由があつたものである。それ故、原告ら主張の弁護士費用九〇万円は認容さるべきではなく、仮りに認められるとしても、弁護士費用を除く認定損害額(強制保険金を控除した残額)と、前記二五〇万円との差額の一割程度にとどめられるべきである。

四、同四(各原告の債権額)の点は争う。

五、同五(損害のてん補)の事実中、原告ら主張の如く損害のてん補がなされたことは認める。尤も、被告は、原告ら主張の自賠責強制保険金のほか昭和四三年八月一三日亡良三の治療費三万六、〇〇三円を第二大羽病院へ支払つている。

第四、被告の抗弁(過失相殺)

一、道路の幅員

事故車進行(西進)の東西路の幅員は二〇・一メートル(その中央に幅一・九五メートルの分離帯があり、その両側に七メートル幅の舗装車道が、更にその両側に二・二メートルの歩道部分がある)、被害者(良三)進行(南進)の南北路の幅員は一三・九メートル(中央部分が幅六・七メートルにわたり舗装され、その西側は非舗装)である。

二、道路標識

南北路の、本件交差点北東端付近には、一時停止の道路標識が設置されている。

三、被害者(亡良三)の過失

右現場の状況からして、事故車の進路たる東西路が、被害者の進路たる南北路に対して優先道路であることは明らかである(道交法三六条二項)。従つて、被害者は、事故車の進行を妨げてはならないものであるところ(同法三六条三項)、飲酒のうえ(血液一ミリリツトル中〇・七ミリグラム以上)その酔いにまかせて、狭い道路(南北路)から飛び出して自ら本件事故の発生をまねいたものである。それ故、本件事故による損害については(原告らが既に受領している分についても)八割の過失相殺がなされるべきものである。

第五、被告の抗弁(過失相殺)に対する原告らの答弁

被告主張の抗弁事実中二の点は認め、その余は争う。

第六、証拠関係〔略〕

理由

一、死亡、物損交通事故の発生

請求原因一の事実中、事故態様の内容、受傷内容(死亡の点を除く)、ならびに権利承継の点を除くその余の事実については、当事者間に争いがなく、右争いのある部分については、〔証拠略〕により、原告ら主張のとおりであることが認められる。

二、帰責事由

事故車の保有ならびに鹿野の雇用関係、同人の業務中の事故である点は争いがなく、事故車運転者訴外鹿野の過失につき被告においてこれを争うところ、〔証拠略〕を総合すると、本件事故の状況は次のとおりであつたことが認められる。

(事故現場の状況)

本件事故現場たる南北道路と東西道路との交差点の状況は、被告の抗弁一、二記載のとおりであるほか、中央分離帯に高さ(丈)約一メートルの草が生えていたが、左右の見とおしは良く、信号機、横断歩道の設置はなく、制限速度毎時四〇キロメートルの規制がなされ、人の往来は少く、車の通行は普通程度で、事故当時は明るく、路面は乾燥していた(別紙図面参照)。

(衝突の状況)

訴外鹿野は事故車を運転し東西路を西に向つて毎時約四〇キロメートルの速度で進行し、別紙図面の衝突地点〈×〉の手前約三〇メートル附近で、前示交差点の西端中央分離帯の途切れた右図面点の立看板に目をやり、進行しながらこれを読んだところ「西行禁止」と書いてあり、黒く×印がしてあることが判明したが同速のまま同図面〈1〉地点に達したころ、事故車の右前部で衝撃音がしたのに気付き、即時右転把すると共に急制動を施したが、右図面〈×〉点で亡良三運転の原動機付自転車と衝突し、その結果同図面のとおり事故車は〈×〉点から約二四・五メートル前進して停止し、原動機付自転車は事故車に押しつぶされ路面に擦過痕を留めて〈×〉点の西方約五メートルの地点に、亡良三は〈イ〉点に転倒していた。

(車輛の損傷等)

事故車は右前部、右前照灯、前部バンバー、ラジエーターグリルを破損し、原動機付自転車は大破して使用不能に陥り、亡良三の血液中一ミリリットルにつき〇・七ミリグラムのアルコール分が検出された。

右認定の事実からすれば、亡良三運転の原動機付自転車の衝突直前の走行状態、即ち、一時停止標識に従つて停止したか否か、交差点へ進入する際の事故車との位置関係と亡良三における認識、衝突時の速度等はこれを詳かになし得ないが、衝突地点と衝突後の両車の状態より原動機付自転車が事故車に比して相当低速で進行中、両車が衝突したものであることは容易に推認することができる。しかして、本件南北道路は東西道路に比してその幅員が狭少であること右に認定したとおりであるが、東西道路の車道の幅員は南北道路のそれの一・五倍にも満たないものであり、東西道路に中央分離帯があるとはいえそれが道交法三六条二項にいう「明らかに広い」場合に該当するものとはいい難く(この場合舗装、非舗装の点は直接その当否を判断する基準とはなり得ない)、西行禁止となつているのであるから、事故車が原動機付自転車に対して優先権を有するものとは認められない(亡良三が南北路の一時停止標識に従うべき義務を有していたこととは別論である)。されば、事故車運転者鹿野隆において、該交差点へ進入するに先だち、南北道路から自車よりも先に該交差点へ進入している車輛の存否を確め、もしこれあるにおいては、同車の進行を妨げないよう適宜減速するなりしてもつて安全な運転をなすべき注意義務を負つていたものといわざるを得ない。然るに、同人は、先に認定した如く該交差点に差しかかる手前から、全然左右に対する配慮をなさず、前方立看板にのみ気をとられて毎時約四〇キロメートルの速度のまま交差点内に進入し、衝撃音によつて初めて亡良三の原動機付自転車に気付いたものであり、右注意義務に欠ける過失の存したことは明瞭である。

従つて、被告は、亡良三の死亡事故による損害につき原告らに対し自賠法三条(人損)、民法七一五条(物損)により、その賠償義務を負うものである。

三、損害

(一)  亡良三の得べかりし利益の喪失 八〇六万六、一一二円

〔証拠略〕を総合すると、

〈1〉  亡良三は、大工職人として本件事故にあう前ごろ、訴外和田産業株式会社(建設業、代表者和田一男)に雇れて働いていたこと、

〈2〉  その収入は、昭和四三年五月分が二六人分で七万二、八〇〇円(一日二、八〇〇円)、同年六月分が二二人分で六万一、六〇〇円、同年七月分が二七人分で七万五、六〇〇円であつたこと、

〈3〉  亡良三は、健康な一人前の職人で木造建築ならどのような仕事でも出来る技能を持ち、現在では、一日三、五〇〇円の収入を得ることが可能であること、

〈4〉  亡良三の家族は同人と原告ら四名で、亡良三の収入と原告伸子の営む農業(水田二反五畝位)による収入(飯米程度)がその生活のかてであつたこと、

が認められる。

右事実によると、亡良三の収入は、これに要する諸経費を控除し控え目に算定しても、事故後(当時三五才一一カ月)就労が可能であると推測される二七年間(六三才まで)毎年七二万円を下ることはなく、その生活費は原告伸子を除くその余の原告らが幼少(一〇才、八才、六才)であることや他に農業収入も家計を支えていること等諸般の事情を総合して右期間を通じその収入の約三三パーセントを越えないもの、つまり年間二四万〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。されば、亡良三の得べかりし利益をホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除してその現価を求めると左のとおりとなる。

(算式)

(七二〇、〇〇〇-二四〇、〇〇〇)×一六・八〇四四=八、〇六六、一一二(円)

(二)  葬式費用 一一万一、九二二円

〔証拠略〕により、同原告において右費用を要したことが認められる。

(三)  車輛損害 三万七、四五五円

〔証拠略〕によると、本件原動機付自転車(商品名、ホンダスーパーカプC五〇型)は亡良三が昭和四三年二月一六日訴外中西作二(中西自転車店)から代金五万五、〇〇〇円で新車購入したものであることが認められる。従つて、税法上のいわゆる定率法により(償却率〇・六八四)その時価を算定すると左記算式のとおりとなり、この範囲内にある原告主張の額を本件事故による損害と認定する。

(算式) 五五、〇〇〇×〇・六八四=三七、六二〇(円)

(四)  慰藉料

先に認定した本件事故の態様、家族の看病のいとまさえない良三の急死、これによる妻たる原告伸子の悲嘆と、直ちに同人へ全面的におそいかかるその余の原告らの養育の重荷、未だ幼い同原告らが長ずるに及び感ずるであろう実父の既に亡いことの精神的経済的両面における不遇と悲しみなど、亡良三が一家の支柱であり、家族の生活がまさにその双肩にかかつていたものであるだけに、右苦痛は極めて甚大なものであると思われる。そして、これを慰藉するには、それぞれ左記金額が相当であると認める。

原告伸子 一五〇万円

同陽子 七〇万円

同敦子 七〇万円

同まゆみ 七〇万円

(五)  弁護士費用 四五万円

〔証拠略〕によると、本訴提起前、被告から原告側に対し賠償総額五五〇万円(自賠責強制保険金三〇〇万円を含む)の提示がなされたが結局原告側がこれに応じなかつたため示談成立に至らなかつたこと、原告らにおいてその訴訟代理人に着手金二〇万円を支払い、報酬として取得額の一割を支払う約で訴訟委任をなしたことが認められる。これに本件事案の内容、後記認容額、既払額その他弁論の全趣旨を総合し(右提示額が後記認容額に達しておらずしかもその支払いがなされていない限り、本訴提起が被告の不当な抗争に由来するものではないとはいえない)、本件事故と相当な因果関係のある損害として被告において負担すべき弁護士費用は右金額が妥当であると認める。

四、過失相殺

先に認定したとおり、亡良三は衝突地点からほぼ直角に(事故車の進路上に)約二四メートルはね飛ばされており、その原動機付自転車も同様衝突地点からほぼ直角に六メートル余り事故車に引きづられ(まき込まれ)ているところから、衝突直前の原動機付自転車の速度は事故車のそれ(約四〇キロメートル毎時)よりもはるかに低いものであつたことが推測される。しかして、〔証拠略〕によると、事故の一時間後になされた実況見分の際、立会つた鹿野隆が警察官に対し、事故直後別紙図面〈×〉地点から北へ一メートル位原動機付自転車のスリツプ痕を認めた旨説明したが、右実況見分を行つた係警察官においてはこれを見分し得なかつたことが認められる。このことは、吾人の経験則に照らし、原動機付自転車が衝突直前極端な急ブレーキを施していないことを推測させるに充分である。してみると、原動機付自転車は交差点進入後衝突地点に至るまで(十数メートル)、少くとも事故車に比して相当低速で進行していたものということができる。そしてそれは更に、原動機付自転車が事故車よりも早く該交差点内に進入したであろうことはうかがわせる。しかしながら、同車が道交法三五条一項にいう「既に」進入していたものであるか否か、故いは同条三項にいう「同時に」進入しようとしていたものであるか否かを決するに足る拠るべき証拠のないこと前述のとおりである。又、亡良三が交差点進入前先に認定した道路標識に従つて一時停止をなし左右の安全を確認したか否かについても、これを詳かにする証拠の存しないこと右同様である。前認定の同人の飲酒の事実も、その検出量(法定の制限が血液一ミリリツトルにつきアルコール分〇・五ミリグラム以上であるところ、亡良三は〇・七ミリグラムなお、乙第三号証、証人鹿野の証言のうち、亡良三を病院へ運ぶ途中酒のにおいがしたとの点は、その程度を証する資料とはなし難い。)と「毎晩晩酌として酒一合位をたしなんでいた」旨の原告伸子本人尋問の結果とを合わせ考えると、それ自体(飲酒運転)交通法規に違反している点はともかく、そのことの故に亡良三が他の交通法規をも悉く無視する態度で無謀な運転をしていたものと推測することは困難である。これを要するに、亡良三の落度として、道交法三五条一項、三項、三六条二項、三項、四三条違反の点はいずれもこれを明らかになし得ないものといわなければならない。ひるがえつて衝突の事実とその地点から考えてみるに、亡良三は事故直前、事故車の進行に気付いていなかつたか、或いはその寸前でこれに気付いたが避け得なかつたものなのか、又は事前に気付いてはいたが被我の距離関係ないし西行禁止の看板があるため事故車において原動機付自転車に進路を譲り、徐行してくれるものと考え先に通過できるものと判断したものか、そのいずれかであろうことが推測できる。しかして、そのいずれであるにしても、衝突地点が事故車の進路上である以上、前記飲酒の点をも含めて安全に対する配慮ないし交差点通過の際の用心深さに欠けるものがあつたことは否めない。

他方、事故車運転者鹿野には、先に認定したとおり、進路前方の立看板の記載にのみ注意をそそぎ、左右の安全確認を全然なさないで(証人鹿野の証言中には「緑地帯には丈が一メートル位の雑草が生え、雑草で遮られて交差点に差しかかつた石野良三が見えなかつたと思うのです。証人の運転席における目の高さは一メートル五〇センチより高かつたと思うのです。」と述べている部分があるが、右運転席における目の高さと車の丈からすると、南北進する車両の状態は容易に確認できる状況にある筈である)、約四〇キロメートル毎時の速度のまま衝突するまで全然制動操作をなすことなく交差点に進入しているものであり、その安全に対する配慮に欠けるところ著しいものがあるといわなければならない。前方交差点の向う側にある立看板の文字が気がかりであれば、すべからく交差点の手前で一時停止すべきこと、運転者の常識的措置の域を出ないものである。しかも、正規の標識ではないにしても西行禁止の規則がなされていたのであるから、直進車(南、北進車)の進行を妨げないようにその手前で徐行しなければならなかつたものというべきである。

右の次第により、事故車運転者鹿野隆ひいては被告の責任の量(賠償額)は極めて多く、これを減額させるべき亡良三の運転上の事情としては、両車の車種の優劣をも考慮して、一〇分の三・五程度のものであると認めるのが相当である。

よつて、民法七二二条二項により、前段(一)(二)(三)の各損害額につきその三割五分を減額する(被告主張の治療費については考慮しない)。その結果は左のとおりである。

(一)、八、〇六六、一一二円×〇・六五=五、二四二、九七二円

(二)、一一一、九二二円×〇・六五=七二、七四九円

(三)、三七、四五五円×〇・六五=二四、三四五円

五、各原告の損害額

原告らは前に認定したとおり亡良三の相続人であり、その相続分は原告伸子が三分の一、その余の原告がそれぞれ九分の二であること民法九〇〇条に徴し明らかである。よつて、亡良三の逸失利益につき、原告伸子は一、七四万七、六六〇円、その余の原告らは各自一一六万五、一〇四円を相続し、物損につき原告伸子は八、一一五円、その余の原告らは各自五、四一〇円を相続したこととなる。なお葬式費用は全部原告伸子が負担しており、弁護士費用の負担については弁論の全趣旨により各その相続分の割合に応じ、原告伸子において一五万円、その余の原告らにおいて各自一〇万円宛負担したものと認める。

そこで各原告毎に右損害額を加算すると、左のとおりとなる。

原告伸子

得べかりし逸失利益の相続 一、七四万七、六六〇円

葬式費用 七万二、七四九円

慰藉料 一五〇万円

物損の相続 八、一一五円

弁護士費用 一五万円

合計 三四七万八、五二四円

その余の各原告

得べかりし逸失利益の相続 一一六万五、一〇四円

慰藉料 七〇万円

物損の相続 五、四一〇円

弁護士費用 一〇万円

合計 一九七万〇、五一四円

六、損害のてん補

原告らが、自賠責保険金から三〇〇万円を受領していることならびに原告ら主張の充当関係については当事者間に争いがない。そこで、これを先ず葬式費用に充当し、残余のうち九七万五、七五一円を原告伸子の相続した逸失利益の内金に、金一九五万一、五〇〇円をその余の原告らの相続した逸失利益の内金にそれぞれ六五万〇、五〇〇円宛充当したものと認める。そうすると、結局原告らの各損害残額は次のとおりとなる。

原告伸子 二四三万〇、〇二四円

その余の各原告 一三二万〇、〇一四円

七、結論

よつて、被告は原告伸子に対し二四三万〇、〇二四円、その余の原告らに対しそれぞれ一三二万〇、〇一四円と右各金員に対する本件不法行為の日の翌日である昭和四三年八月三日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

されば、原告らの本訴請求は右の限度で理由があり、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村行雄)

〈省略〉

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